5.玉子焼き








君が教えてくれた言葉は、全部


大切にしまってる











心の、奥の方が痛い
外気と肌との境界面がひりひりする、寒さ

でもどこかみずみずしい空気を含んだ雨上がりの街



「・・・・ウソ」

目を見張った。もう3月だというのに。
視界の端に映った、確かに重たげに灰色がかった純粋なホワイト。
異常気象にもほどがある。
はっきりと季節外れとも言いがたいそれに半ば苦笑しながら
コートのポケットにつっこんでいた冷え切った指先を宙に向けた


「さむ・・・」

そしてひんやりとした感触にぴりぴりと顔に緊張が走る
それでも一寸後には幾分か和らいだ表情
ふ、と崩れた口元から白い吐息が漏れる


こんなカミサマの気まぐれな悪戯にも顔を背けようとする意地っ張りな自分

取り残されたような感覚に一瞬めまいを覚える




紛れもなくいつも通りの帰り道
積もることなく無機質なアスファルトにしみこんでいく、白。



なすすべもなく空を仰いだ

しきりに降り注ぐ恵みに目を閉じて

声もなく祈りながら遠く君を思う



振り切った意識はわずか片隅に






こんな日は、君に会いたい




伝える術を知らない自分にいらだちながら
いつのまにか肩に重なった重みに訳もなく顔をしかめた

ついさっきまではほんとにただの水だったのに
ほんの少しの気温の変化と分子の濃度で魅力的な固体に変わる

いくら科学的な理論を集めても、所詮それは理屈でしかなくて
こうして触れて実感にしてはじめてわかる





誰かに似てるな




心からそう思ったよ


うわべだけでは愛想のいい笑顔でごまかされてしまう
日ごろの行いとは裏腹の、兄弟の前での楽しそうな意地悪
少し長い整った髪のしっとりとした柔らかさも
そばにいて、初めて気づく







そんな自分のロマンチックな発想に
らしくないなとひとり苦笑しながら
滑りやすくなった道路の端を踏みしめるように一歩一歩進む


そうして今日も疲労とこれからの予定を頭の隅に思いながら
交差点を曲がってすぐそこにそびえる家。


広すぎるよと人は言うけれど
基本的に不便なことはないのでその一室に生活している

















「・・・遅いよ、穂村」


「!羽深・・・っ」








家の門にひとり、背をもたれかかった待ち合わせの姿勢で傘も差さずに立っていた
学校指定と思われるややカジュアルなダッフルコート
俺の好きな黒くしなやかな毛先を後ろで束ねて
冗談ぽく責めるような目でこちらを見ていた
何事もなかったような平然とした態度に
それなりに長かったはずの月日の流れを忘れてしまった






「なんで、ここに?」


「・・・・ナニソレ」








突然の不機嫌そうな返答に
え、と思い当たることがなくて言葉に詰まる
怪訝な視線がまっすぐに突き刺す





「他に言うことはないの?」


「・・・・ごめん」



ようやく真意を理解して、とりあえず素直に謝ると
思いのほか機嫌をよくしてぱたぱたと足早に歩み寄る





「寒かっただろう?家、寄って行けよ」


「・・・穂村がどうしてもって言うならね」




ぽふぽふ、と確かめるように一回り小さな背中を優しく撫でると
ぐずった子供のようにもぞもぞと身を捩りながら悪態をつく

しょうがないな、とどちらともなく小さく笑って





久しぶりの再会の外側にある別れの真実にひとときだけ目をそむけた










「・・・僕に会いたかっただろ?」



「ああ。・・・けど」







お前も俺に会いたかったんだろう?








わざと意地悪く口端を上げると
あくびのときに背中を丸める猫のように
寒さに小さく身を縮めながら
熱を欲するようにしがみついてきた









「・・・そうだよ」


「珍しく素直だな」



我慢できずに答えたむくれる頬に赤みが差した
ご褒美をあたえるようにそっと家の中へ促しながら唇を落とす
















口の中ではじけてはじめてわかる 癖のある香ばしい甘さが




苦手だと感じたのはいつの日のことだっただろうか












そろそろ、やみつきになってきた?





















































あとがき
3月1日、雪が降りました。
というわけで、テスト前にも関わらず創作意欲に負けたオウミノです
私・・・やっぱり穂羽、好きだなあと実感しながら書きました
切羽詰っていて気持ちに余裕がないため構図がおかしいですが、
発想は割りと気に入ってます。
お題「玉子焼き」は最後の三行。
ようするに羽深と雪と玉子焼きは穂村の中で共通点があるんです
@見た目と本質のギャップ
A最初は苦手だと感じていた
B本質を見抜くには実感が必要
Cもうやめられない?
などなど
というか語りすぎですね、私・・・(汗)
ここまで読んでくださり有難うございました!