32.「raison d'etre」





考えたことも無い



理由なんて




丸め込まれたような屁理屈ばかりのこじつけなんて






















「・・・・どういうつもりだね?鋼の」


不機嫌な声が頭上から降ってくるのにも億劫そうに
こほん、とひとつわざとらしい咳をした。




「どういうって言われてもなー」

少年はじれったく、困ったように
人の物ではない右手の指先で
こり、と頬をかくしぐさをして
視線を宙に投げた。


「見たまんまなんだけど?」
いたずらっ子のように、口元に勝ち誇ったような微笑を湛え
やや大げさに両手を挙げて肩をすくめる動作をする






「納得できない?」
これでも、と付け加えて不思議そうな表情で
押さえ込んだ相手の顔をまじまじと覗き込んだ




「・・・・できるわけないだろう」

半ば戦意喪失したように
あきれた声で諭すと、
はあっと相手に聴こえないようにため息をついた。


「いいから、とりあえずその手を離しなさい」
表面上取り繕ったような落ち着いた口調で
しかし顔色には焦りが汲み取れる

その状況を楽しむかのように、少年の目がいきいきと三日月を形どる

















立派な要塞の事務的な仕事部屋に、ふたり

少し大きめの椅子のすぐ下で、

取っ組み合いをしているような格好で存在する

ただ、それが普通の喧嘩では無さそうな、

どことなく間の抜けた緊張感の薄い空気と

少年が尋常で無い力の強さで絶対的に有利な体制を取り、

明らかに自分より長身の青年の両手首を制していた

不思議な 光景だった













「やだね、だって離したら大佐逃げるだろ?」

むーっとムキになってにっと歯を見せて笑う


「・・・・逃げないから、どきなさい」
少し迷ってから、力ずくで引き剥がしにかかる

一瞬うろたえたように身じろぐが、半分挑発的にほくそえむ。



















―経緯は単純だ。
また 賢者の石の手がかりが手に入ったから、と
2・3ヶ月程度の別れの挨拶をするために
わざわざ東方司令部の大佐の仕事部屋に赴いたところ
荷物を整理しに一時的に戻ってきていたその部屋のもと持ち主から
すでにセントラルに移動が決まったこと、

そして、   大切な部下の最期を         告げられた







それを聞いてやり場のない感情を抑えられなかった少年は未熟なのかもしれない

しかし、一瞬の迷いと
物理的以外の点での自分の小ささ、狭量さに対する憎悪がはさみうちにして


うごけなかった


突然顔をしかめ、無防備な背中に突進した

それだけのことだ

体格差があるとはいえ、まったくの不意打ちで、
優位な体制に持ち込むのは彼の身体能力上
そう難しいことではなかった



















鋼の、無機質な音がぎしぎしと冷たく響く





やがてあっさりと腕から力を抜き、体を離した


わずかに口を開けば浅い息遣いとともに漏れる声








「ばぁか」

「鋼の?」



突拍子も無い呼びかけに、
開放されてほっとしたかのように苦笑しながら問い返す





「・・・情けない顔」
吐き出すように、言った

「何が―」
「うるさいっ。」

低く鼻でわらって否定しようとするのを
わざと声色を荒立てて制した



「ばか」
年齢に似つかわしくない大人びた自嘲的な笑み

今度は、反応が返ってくる代わりに、
不自然に目線を逸らされた


「それでも、まだ 戦うなんて」

こんなに傷ついても

ひとりに、なっても


「そうしなければ守れないものがあるんでね」
かすれた声で皮肉な言い方をされても

素直に怒れない





「なんのために?」

自然と口を伝って出た疑問

ただただまっすぐに相手を見据えて

少年の哀れむような瞳が悲しく揺れる







なんのために、ここにいるのか

なんのために、生きるのか


こんなにも醜く、傷ついて尚

まだ生へ執着する理由は何か




「そういう君はどうなんだ?」

静かに、ちらりと横目に苦くにらんで
重々しい響きをもつ言葉











「あいにく、いまの大佐を救える術も、言葉も俺は持ってないんでね」

は、と小さくうなって背を向けてそっけなく返す。





「私は、救われているよ」

「うるさい。うそつき」


できるなら、このまま戦線離脱したいだろ?

これ以上、部下を失いたくないだろう?

傷は広がっていくばかりで 心は行き場もなくて

声を上げて泣くことさえもできなくて






「うそつきよばわりされる筋合いは無いが?」

顔色ひとつかえずに呟く


「根拠はあるだろ?」


世界が、きしんだ


空っぽのように傾いでいく体





す、と優しく手を差し伸べてやる


拒まない瞳がそこにあった


二つの光はまだ生きていて





そのまま体温にすがる手を取って、その身を起こした


やれやれ、と何事もなかったように言って、

カーテンを閉めて、セントラルについて二言三言しゃべる口の動きを指先で止めて

後ろから二度目の不意打ちを、そっと食らわせた























了解 ぜってー てめえより先に死にません クソ大佐





てめえより先に死ねません





あんたがこの世にいるうちは



生きててやるよと心に決めた




















































あとがき
「レーゾンデートル」=「存在理由」だそうです。
こういう抽象的なお題は書きやすいです。
そしてエドロイ二作目。
すっかりはまってます・・・;
文才無くてすみません
私の愛するエドロイを形にするため、修行の旅に出てきます