29.不機嫌





なんでもないよと手を振った

その声がやけに低く響いていて



















むきになってつかんだ手からはぬくもりなんて感じなかった


机ごしに腕に触れたまま 振り払うこともせず

ただ黙ってこちらを見上げていた



「なんだよ」

金に澄んだ二つの大きな目が言っている


それにはあえて応えること無くすっと一歩引いて指先に力を込めた


「あ」と小さく声を上げて華奢な体が傾いでいく


机に突っ伏すように倒れた上体をすっぽりと腕の中に収めて
体格差を痛感していた



「鋼の」
「・・・・なんだよ」

耳元に寄せるとつっぷしたまま拳を軽く握って
今度は声にして答えた


「何を怒っているんだ?」
「怒ってねえよ」
「じゃあなぜ」

そんな泣きそうな顔をしている?

諭すように口にするとぱっと驚いたように顔をあげ、
キッと物理的な上目遣いで鋭くにらんだ


「うるせえ」
「鋼の」
「・・・っ」

重々しく名を呼べば声を失ったかのようにうつむいた


「泣きそうなのはあんたの方じゃねえの」
「何・・・」
「なんで黙ってたんだよ」
「鋼の・・・」
「どうして何も言わないんだよ!」
「鋼の」
「なんで・・・俺じゃ駄目なんだよ」
「エドワード!」



しばしの押し問答の末に耳慣れない呼び名ではねつける様に制した


突然荒げた口調にびくんと全身を強張らせ
次ぐ声をのどの奥で飲み込むように躊躇した

かわりにごくりとつばを飲むと
は!と自嘲的に鼻で笑って体を起こした

紳士的にそれに手を貸したが起き上がるやいなや振り払うようにその手を拒んだ


「鋼の・・・」

情けなく眉を寄せる







それを見て、なんだか悪いことをしてしまったような後ろめたい気持ちになって

それでも認めることのできない狭量な自分に嫌気が差してくる





仕返しのように手を返して鋼の腕のきしむ音に逆らうように
だんっと力の限り机に拳をめりこませる

みしみしと木の皮のめくれる摩擦が響いたが、
聴こえないふりをして構わず身体を乗り出した


指先に触れるしっとりとした黒髪を無造作にかき上げ
こつん、と額をあわせて視線を捕らえる


至近距離で絡んだ目線に気まずそうに後ろへ一歩下がる


「にがさねえよ」

舌先で告げてついばむように唇を落とした



「ん・・・・」

かすかにくぐもった声を発しながら
様子を見ているような眼光に耐え切れずにまぶたを閉じる

















意地悪くなかなか離れず、ひとしきり口内の感触を楽しんだ後で
不覚にも疲れたようにへなっと脱力した大人を抱えるように抱きしめた





「・・・これで 許してやるよ」




隠していたことも    隠した理由も


言いたくないなら言わなくていい




顔色を伺うようにまじまじと覗きこんでくる

きょとんとした表情が、とても三十路手前には思えないほど幼く見えて


背伸びして大人ぶった自分のアンバランスが浮き彫りになった気がした













少し乾いた空気の中に 二人 身をおいて



ゆるんだ午後の空っ風が 頬に心地よく




窓辺でどこかかみ合わない会話を交わし
そっと手に触れた


発火布を摩擦しないように気を配りながら





分析するように瞬きひとつせず見つめる目に不思議そうに小首を傾げつつも
答えを見つけることもせずにじっとしていた








ああ この手でどれだけのものを 焔に葬って来ただろう





罪を ときに人間を 自分の感情さえも








背負った物の大きさと覚悟を誰よりも知っている自分だから痛いくらいに解る


























長くもさわやかな沈黙の間に

一度だけ痺れを切らしたように

「なんだね、鋼の」

という声が降ってきた以外に 耳にするのは遠く部下たちの笑い声だけ

頭の隅で、煙草をふかしている軍服の集団の姿がちらりとよぎった








いまはまだ、彼らのようにはいかないけれど








心身ともに、大人になろうと 誓ったある日








少年は優しさを言葉に代えた





















































































































あとがき
かず様リクエスト喧嘩して仲直りするエドロイでした!
本当にお待たせしました><申し訳有りません!!!!
喧嘩の理由はあえてぼかしてみました。ロイの戦地での苦い思い出かと;
かず様、あいかわらずの駄文ですみません;よろしかったらお持ち帰り下さい