23.泡沫





指先から零れ落ちた優しさを  拾い集めて君に還そう














その日はやけに西から吹く風が冷たくて
遠く霞がかった空に目をやると
淡いブルーに吸い込まれそうに良く晴れていた



そんな、春の日。








カラカラと回る風車を尻目に
ああ、そういえばもうそんな暦か と、
古来からの年中行事の田舎じみた餅のにおいが鼻を掠めてぼんやりと思った




ふと耳につくかすかな声に
角を曲がりきろうとしていた脚を踏み込んだ

一瞬だけよろけながらなおも続く小さな音に誘われるように路地に迷い込んだ

かいなに香る、境内の奥。

美しく寂しげな 見覚えのあるりりしい横顔
いつもは引き結ばれていることの多い、形の良い唇から漏れる、流れるような旋律



見とれていたのか、聞き惚れていたのか


人のソレよりもやや上方に位置する己の耳が
ぴくぴくと自然に神経を刺激されて動く

陽だまりの心地よさに身をゆだねながら
一番高い木のしっかりした幹から村の全景を見下ろした

人情あふれるのんびりした田園が広がるゆるやかな傾斜
はじめて見たかのようにそののどかさに驚いた

いまさらのようにひた隠した紅潮した頬に伸びすぎた爪で触れながら
いつまでもこうしていたいような何ともいえない錯覚にとらわれた

何も考えられないけれど、決して不快ではなく
ぼおっとしたまま穏やかなひと時に想いを馳せながら
自分がいま登っている木が桜の木であることにやっと気づく

すっかり花の落ちたみずみずしい若葉が青々と茂り
萌える緑色に息を呑み、ふわりと素早く降り立った


「・・・っ桔梗!」


はっ と驚いて顔を上げたのと、鮮やかな赤い衣が眼前で翻るのはほぼ同時

歌がとまってしまったことを残念に思いながら
ある意味春の風物詩ともいえる――それでもたいていの女性としてはあまり好ましくないだろう  緑を
ぱたぱたとすそを払うふりをしながら砂埃とともに葬った


「犬夜叉?」


あっけにとられていた巫女はようやく我を取り戻し、落ち着き払って声をかける
まっすぐな視線に、気まずくなって目を逸らした
図らずも盗み聞きをしてしまった後ろめたさもあってか
動揺した心中を悟られまいとした緊張が走ったのを見て取り、
逆に視線を落とすと、その小さな亡き骸を発見してくすっと小さく苦笑した


「守って・・・くれたのか?」


「そんなんじゃねえよ。けど、女どもってこんなんでぎゃーぎゃー言うからうるせえし」


だから、 と、やや無理のある理由付けに小さくため息


「私も、そんなものに怯えるとでも?」


「・・・お前は普通の女とは違う・・・けど、好きじゃねえだろ?」


むしろ本当の理由はその反対なのだけれど。


「いや、人は皆、生きとし生けるもの全てに、少なからず情を抱くものだ」


珍しくした気遣いを真顔で返され、
ふてくされかけて方向を変えた肩に、か細く白い腕が落ちる


ありがとう  と、静かに告げて
ささやくような吐息が頬を掠める

他の者には、たとえ虫であっても触れさせたくないと 思った


もともと発達した五感が研ぎ澄まされる
洗練された物腰に、心が震えた
その「生きとし生けるもの」に自分も含まれているのかはあえて確かめなかったけれど
どの種の情であるかなんて考えよりも 満ちていく安心感に気を許して
爪を立てないように気をつけながら、肩を抱く手に力を込めた


「さっきのって・・・なんて歌だ?」


「!聞いていたのか?」


「あ、わり・・・っ」


恐る恐る尋ねて墓穴を掘った
もっと怒られるかと思っていたけれど
それ以上のお咎めはなく、 しかたのないやつだな  と微笑んだ


「ただの・・・人間の、童歌だ。昔から唄われている。お前も、聴いた事があるだろう?」


「そ、そうなのか・・・俺、てっきり・・・」


「・・・てっきり?」


「い、いや・・・何でもねえよ」


古来の誰かが唄っていたことがあったとしても
もしもそれを自分が聴いた事があったとしても
きっと同じだと思えるはずもなかった。

てっきり 恋の歌かと思った
なんて切なげな表情で空を仰ぎ見て
鳥の囀りにも劣らない澄んだソプラノが響いた
それはまるで、空へ想い人を待っているかのようで。
飛べない鳥の、ほんの一瞬人間に近づく一歩の交わり。


「・・・一緒に唄わないか?」


「は?」


「村の子供たちも練習している。たまには降りてくるといい」





心奪われた一瞬の、光覗く海の中 ふたり立ち尽くす


遥かに三景を望んで 口をつく音階が風に乗る


降りてくる瞼に逆らうこともせずにそっと力なく目を閉じて


眼窩に浮かぶ光景に思わず口元が緩んだ


待っていたのは自分だとでも言うのか

















舞い散るは 千の花びら



咲き誇るは 愛しき笑顔











いま 心の桔梗は満開









少し日の傾いた夕焼け空に吸い込まれそうな 一瞬の夢












































































































あとがき
ほんっとうに久しぶりの犬桔でした!!
昨日の犬夜叉スペシャル(別名犬桔スペシャル)がツボすぎて
思わず筆を執った次第です。冷めかけていた犬夜叉熱が大復興してます。
スペシャルに基づいて、50年前の設定。せ つ な す ぎ る。
やっぱり犬桔が一番好きです。ストライクです。もう浮気しません。
お題は消えては生まれる泡沫(川とかに浮かぶ泡ですね)「一瞬の」にかかってます。
・・・あとがきで解説してどうするよ、自分。(汗)
文章で・・・表現できるようになりたいです・・・精進します・・・本当に。