長い長い、夢のあとで しん・・・と静まり返った立派な仕事部屋。 日はもうとっくに西に傾きかけていて、 わずかに反対側からぼんやりとした白い影までもが見えてくるころ。 ふと窓から空を見上げると、グラデーションのかかった、色彩のコントラスト。 こんなにきれいな天上と対照的なこの場所で、 たくさんの書類に囲まれながら爆睡している青年は、 もうすぐ三十路とは思えないようなまだあどけなさの残るその横顔を デスクの上で、自らのひじの上に乗せて頭を支えながら すーすーと、規則正しい寝息を立てていた 「ううわ、爆睡かよ・・・」 キイ、とまだ体のサイズに見合わない大きなドアをきしませて 静かに開き、部屋の中へ首を出して中をきょろきょろと見回した。 まだ部屋には一歩も入っていなかったけれど あまりにも予想通りの状態に、一瞬額に指先をあててはあっと小さくため息をついた。 そっと、足音を忍ばせながら中へ入る。 そのとき、振り返ってちゃんと ぱたん、と控えめにドアを閉めて。 「入るよ〜大佐」 もう入ってるけど、と頭の隅で一応の侘びを入れてから すっと、まっすぐに机へ向かった。 「せっかく会いに来たってのに・・・」 机の真向かいに胸をそらして立ち、むーっと不機嫌そうな顔でその寝顔を見やった 静かな寝息が聞こえるたびにさらさらとゆれる切りそろえられた黒い前髪 伏せた瞼の先の整ったまつげが頬に薄く影をおとした 「相変わらず、童顔だし」 やれやれ、と思わず前かがみになって、大佐の顔を覗き込んだ よく見るとかなり疲れているようだ 近づいてよく見なければ解らないほどの隈が前髪の隙間から、眼下の位置にうっすらと見え隠れする 少し、やせたようで頬や腕にも力なく筋が入っている。 血色も悪く、生白い肌をいっそう頼りなく見せた 衝動的にその頬に触れる 「・・・・つめて・・・」 伝わる熱は自分のそれよりも低く、手袋をしたままでも解った 「ばかやろー・・・」 こんな無理してるところ見たら、 なんだか無償に悲しくなってくる。 ひたひたと指先で頬を軽くなでながら、誰に対してというでもなく愚痴のように小さく呟いた 「・・・・・っん」 「!あ。起きた?」 数分の後、ふるっと身震いをしてから重苦しく瞼を開ける。 まだ眠いのか、ぼおっとした表情で、机の上に我がもの顔で座っている少年を眺めたとき 突然はっとしてまぶたをごしごしとこすり、二三度頭を振って眠気を覚ました。 「・・・鋼の・・・」 「やあっと、起きたか」 さもばぁーか、とでも言いたげなあきれたような視線を投げかける 寝起きでそんな表情をされ、しかもこの状況にわけがわからない、といった感じで 眠気も手伝ってか、手のひらを上に向けてしばしけだるい動作を繰り返した。 「オハヨ。大佐」 「ああおはよう・・・・。鋼の、なんでここに居るんだね?」 律儀に挨拶を返しながら髪型を気にするようになでて整える その様子も、どことなく意識しているようで。 「つってもな、もうちょっと寝てていいよ。中尉には言っておいたから。」 「・・・・は?」 わざと質問を無視して、まず最初の用件を告げる。 大佐はさらに困惑して目を見開いた。 「だーかーら、ちゃんと休んどけって言ってんの。中尉とか、心配してたし」 大げさに目の前で手をひらひらとかざしてもっともらしく説教してみる。 本当は心配している中に自分も入っているのだが、 あえて、言わなかった。 「・・・そういうことか」 「そういうこと♪」 なぜかほっとしたような表情で、 柔らかく、笑った。 それはとても、この夕暮れの色に見合っていて 逆光で溶けそうなくらいだ。 そうしてまた穏やかに目を閉じた。 口元をにわかに緩め、言葉を紡いだ 「鋼の、・・・でも」 「仕事は後だぜ、大佐」 言わんとする台詞を奪い、 少し驚いたように、それでもかなわないな、とこぼして ふうっと小さく息づいた 「いや・・・君の顔を見たら元気が出たようだ」 「・・・・は?」 今度は少年が間抜けな反応をする番だった うれしい、言葉だった だけど 「そんな状態のあんたに言われてもな」 明らかに疲れがたまっている顔で 精一杯の、笑顔で そんなこと、言われても。 「気づかないとでも思ってんの」 下向き加減だった大佐の頬に手をあて、上向かせる 冷たい手 血の気の引いた頬 どちらがどちらの体温なのかは、わからないけれど 「寝てる?」 「ああ。たった今な」 「・・・食ってる?」 「ああ」 「ほんと?」 「・・・本当だ」 少しだけ、目線を逸らした。 嘘をつくのが、下手だと思った いつもはあんなに策略をめぐらせながらも、涼しい顔をしているのに なんで少年の前でだけ正直なんだろう。 「・・・犯罪心理学って知ってる?」 「ああ。」 「なら解るよな?」 「・・・・ああ」 「うそつき」 「・・・・そうだな」 あきらめたように薄く笑って 眉が下がって、情けなく困ったような表情で 何を認めたのかは暗黙の了解。 「・・・素直に喜べねえだろ」 そんな顔、されたら。 いつもの余裕を含んだ不敵な笑みの大佐なら 散々悪態ついてるところなのに 「どういう意味かな?」 こんなへろへろの状態で、 まだそんな挑戦的な言葉を平然と告げる むしろそのほうが意味解らないんだけど 「・・・・黙れ」 一瞬あきれたようなしかめっ面を見せて 瞬間的に顔を近づけて、唇をふさいで黙らせた 「・・・・・っ」 長い長い、そのあとで かたくかたく、にぎりしめた手 書類にサインをするはずだったペンが、 居場所を失ったように、 二人分の寝息が響く机から コトリと、落ちた。 あとがき 「プラシーボ」=「偽薬効果」ということで、 Placeboラテン読みだそうです。 1)暗示効果、2)条件付け、3)自然治癒力、 などの効果とかけてみました。 私はさりげなくテーマをいれるのが好きです(爆) ロイが、エドの顔をみて元気になるところですよ、念のため(笑) |
|||